栃木県の県庁所在都市である宇都宮市と隣接する芳賀町で、路面電車(LRT)を新規に敷設する計画が進んでいます(2018年6月工事開始)。宇都宮市は「LRT事業に関するオープンハウス」(2019.1.18時点では、情報発信拠点「交通未来都市うつのみやオープンスクエア」)を開催し、市民に対して計画の周知を図っています。
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東西基幹公共交通LRT|宇都宮市公式WEBサイト |
管理人は2017年4月にこのオープンハウスを訪れ、「トランジットモールを作る計画はありませんか?」とお尋ねしました。ご回答は、
現時点では計画はありません。ただし、駅の西側まで延長される場合は、検討するかもしれません。
というものでした(一言一句このままではありません。管理人が理解した範囲では、ということです)。
少し補足します。現在計画されている芳賀・宇都宮のLRT路線は、宇都宮駅から東にある工業団地までで、総延長約15kmという予定になっています(優先整備区間)。この範囲はほとんど住宅街と工業地帯で、トランジットモールを作るような繁華街はありません。したがって、現段階ではトランジットモールを作る場所がありません。
しかし、将来的に宇都宮駅の西側まで路線を延ばす構想があります(全体計画区間)。駅の西側は商業地区になっていて、西側まで延長されれば、トランジットモールを作るかどうか検討の余地が出てきます。
ただし、東側すらできていない状態ですから、まだまだずっと先の話で、具体的なことは何も決まっていないということだと思います。
管理人は市民ではありませんが、とお断りした上での質問に対し、丁寧にご回答いただきました。ありがとうございました。
計画の概要
オープンハウスではさまざまな資料をいただきました。
その中にある「◆宇都宮市・芳賀町のLRT事業について」というA4・1枚の資料では、計画の概要が説明されています。
これによると、全体計画はJR宇都宮駅の西側から、駅を通って、東側の芳賀・高根沢工業団地付近までの約18キロメートルとなっています。
優先整備区間は、この中でJR宇都宮駅の東側約15キロメートルです。
LRTの最大の目的が、市内中心部と工業団地の間の渋滞の緩和にあることがわかります。
さらに「◆優先整備区間の停留所などの配置」が地図で示され、停留所の位置もわかるようになっています。市民の方々がどのように利用できるか、地図を見ればひとめで理解できます。
この地図では、停留所は19箇所あります。その中で「トランジットセンター想定箇所」という停留所が5箇所あります。
トランジットセンターについては、一番下の段に黄色い背景で次のように説明されています。
トランジットセンターとは,LRT,路線バス,地域内交通,タクシー,自動車,自転車など,さまざまな交通手段がスムーズに繋がる乗り継ぎ施設のこと。
要するにバスターミナルのような乗り換え場所のことでしょう。5箇所あるとなると、ひとつひとつはそれほど大規模なものではないでしょうが、その分、コンパクトにまとまった乗り換えやすい施設になると思います。
下の画像は、ドイツのフライブルクにある路面電車の停留所です。手前左にある赤と白の車両が路面電車で、右側でこちらを向いているのが路線バスです。階段を昇ったり降りたりせず、簡単に乗り換えられるようになっています。
国内では、富山ライトレールの「岩瀬浜」停留所が有名です。こちらの乗り換えも、目の前の車両に乗り込むだけです。
自家用車を駐車場に止めて公共交通機関に乗り換えることを「パークアンドライド」、路線バスから公共交通機関に乗り換えることを「バスアンドライド」といいます。用語をクリックすれば、それぞれについて説明したページに移動します。
資料の裏側には、「◆優先整備区間の整備計画」と「◆優先整備区間の運行計画」が、それぞれ表で説明されています。
概算事業費が約458億円であるとか、運賃が150円~400円であるといった計画の具体的な内容が書かれています。
ストラスブールとの類似点
フランスのストラスブールはご存知でしょうか。路面電車(ストラスブールでは「トラム」)による都市再生の代表的な成功例として、日本を始め世界中から多くの人が視察に訪れる都市です。
この記事の最初に掲載した写真(LRTがまちを変える!)に描かれている路面電車がストラスブールのトラムです。
ストラスブールのトランジットモールについては「フランス ストラスブール(Strasbourg)」、路面電車についてはブログの「路面電車:ストラスブール・トラムについて」で紹介しています。ご存知なければお読みください。
成功例としてあまりにも有名ですので、最初から順風満帆に計画が進んだような気がしますが、もちろんそんなことはありません。ストラスブールの都市再生については、『ストラスブールのまちづくり』(ヴァンソン藤井由美著 学芸出版社)に詳しく書かれていますが、それを読むと最初の状況はいまの宇都宮とそっくりです。
以下にそのころの様子を引用します。引用はすべて『ストラスブールのまちづくり』からです。
ストラスブールでも中心部クレベール広場は巨大な駐車場となり、’80年代には1日に約5万台が都心を通過し、そのうち市内に止まる車は2割にも満たなかった。車に場所を奪われて都心が空洞化し、逆に郊外には次々と大型スーパーマーケット(フランスではレジが100近くあるショッピングセンターも珍しくない)が誘致され、食料品を扱うスーパーを中心にあらゆる種のショップがその周辺に進出したのは日本と同じだ。(28ページ)
現在の芳賀・宇都宮ばかりでなく、世界中どこにでもある車中心の都市構造です。当時のストラスブールも同じだったようです。
ここでキーになる考え方は「フランスの自治体や住民は決して車の利用に反対しているわけではない。街中での交通渋滞と、バランスを欠いた公共スペースの利用の仕方が住民全体に不利なので、その状態を改善する」だけだ。単に都市から車を排除するのではなく、複数の交通手段を共生させること、市民のニーズに応じての併用である。(33ページ)
車中心の都市構造を、人間中心に変えていこうという試みです。
車ユーザーのデモや反対意見者の署名なども盛んで、軌道を敷設するためにイル河岸の木を倒した時には、木にしがみついて抗議する者もいました。私自身(ブログ注:当時の市長)、地元のお芝居や劇で始終批判の対象に取り上げられ、身体的な攻撃を受けたこともありました。(43ページ)
そしてどこの町でも住民には、トラムが近くにあれば便利だけれど、自分の家の前はいやだというNIMBY(Not In my Back Yard)症候群の人が多いのです。それからいつの時代でも、街へのトラム導入に反対する市民は必ずいます。またトラムなどに全く無関心な人、自分には関係のない話だと考えている市民が多いのが事実です。(95ページ)
一番最初のA線決定の際に最も難しかったのは、市民たちに「トラムは近代的な交通手段である」事実を理解してもらうことでした。当時は、そう遠くない古い時代のトラムのイメージがまだまだ住民の記憶に残っていました。(166ページ)
「身体的な攻撃」というのは、さすがに日本では考えられませんが、強硬な反対意見があったことが伺えます。また、それ以上に市民の無関心や無理解も大きな壁になったようです。
路面電車というとのんびり走るチンチン電車のイメージをみんなが持っていることは、洋の東西を問わず、といったところでしょうか。しかし、現代の路面電車は違います。ストラスブールでは、トラムを建設し、市街地をトランジットモールにして都市再生に成功しました。
引用させていただいた『ストラスブールのまちづくり』の著者は、ストラスブールで日本からの視察団の通訳をされていた方です。そのため、日本からの視察者が「どういう疑問を持ち」「何を知りたいのか」ということをよくご存知で、日本で読んでいてとてもわかりやすい内容になっています。芳賀・宇都宮のLRT建設問題に興味のある方は、一読をおすすめします。
2019年1月時点
管理人が宇都宮市を訪れた2017年4月以降、さまざまな進展がありました。
主なものは次のとおりです。
2017年 | |
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8月9日 | 宇都宮市と芳賀町が栃木県に対し、国への工事施行認可を申請 |
10月10日 | 栃木県が国に工事施行認可を申請 |
11月8日 | 車両の設計事業者の募集を開始 |
12月1日 | 栃木県知事が財政支援を正式に表明 |
2018年 | |
2月22日 | 車両の設計事業者を「新潟トランシス」に決定 |
2月下旬 | 運営会社がストラスブール・オルレアンを訪問調査 |
3月20日 | 国土交通省が工事施行を認可 |
6月4日 | 工事開始 |
7月10日 | 車両デザイン決定 |
2018年6月以降、工事が着々と進んでいます。鬼怒川をまたぐ工事も11月から始まっています。
また、宇都宮市内にあるショッピングセンター「ベルモール」に情報発信拠点「交通未来都市うつのみやオープンスクエア」を開設し、VR(バーチャルリアリティ)などを使った情報発信が行われています。
宇都宮市のサイトで詳しく紹介されていますので、興味のあるかたはご覧ください。
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東西基幹公共交通LRT|宇都宮市公式WEBサイト |
昭和30年代、40年代に日本各地の路面電車が次々と廃止されて以降、新規に路面電車を建設するのは、この宇都宮が初ケースとなります。是非とも実現していただきたいと思っています。
[このサイト・ブログ内の関連記事]
- サイトの「フランス ストラスブール(Strasbourg)」
- ブログの「路面電車:ストラスブール・トラムについて」